ノート

題:いつか見た憧れは残酷なほど美しく


「あれ」

実家から送られてきた荷物を整理していると、小学生低学年くらいの時に使っていたノートが出てきた。

拙い字で自分の名前が書かれた表紙を指でなぞりながら昔のことを思い返す。

あの頃は無邪気だったなぁ。

「これ何のノートだろう」

何の気なしに開いた中には、たくさんの写真と絵、そして私の夢が書いてあった。

「なるほど」

ぼんやりと覚えている、気になったものや好きなものをただひたすらに書き殴ったノートだ。

テレビで見た女優さんだったり、好きな音楽だったり。

…小さい頃の自分の夢も書いてあった。

何も知らない無垢な少女が書いたそれは『大人』の一歩手前にいる私には綺麗すぎた。

きっと大人になったらもっと眩しくて、綺麗なものになる。

その時の私は多分、これを開くだけの綺麗な気持ちは無いんだろうなぁ。

この世界は純真無垢で、無邪気な少女のままで生きられないようになっている。

そんなことはとっくの昔に分かっているのに、このノートの中の私はそれを知らない。

あぁなりたいとか、こうなりたいとか。

何も知らないからこそ書ける世界は懐かしさと共に胸が締まって苦しくなる。

ノートの途中、三分の二あたりから写真が無くなった。

あぁ、そうか。

このタイミングだったのか。

「絵も減ったなぁ」

兄が死んだあの日から、私の世界は大きく変わった。

憧れは棄てて、現実が大きくなった。

写真が無くなって、絵が無くなって。

ついには文字も何も無くなってしまった。

最後はたった一言『やくそくしたのに』とだけあった。

何の約束だっただろうか。

きっと兄との約束だったのだろう。

約束を守る前に兄が死んだのか、私が約束を破ったのか。

後者だろうが、いまいち思い出せない。

「何だったかなぁ」

他にも数冊あったノートにも答えはなかった。

ただ、だんだん頻度が減っているとは言っても日記は山ほどある。

今はもう書いていないが、昔はこんなに書いてたんだっけか。

…大体が嫌な気持ちになる話なんだけど。

その中でもやっぱりこのノートは一際眩しい。

昔見ていた憧れはこんなにも美しく残っていた。

それはそれは、残酷な程に美しかった。

いつかの私がこれを見て心が折れないように、どこかに閉まっておこう。

処分するには手放しがたくて、でも手放したくて。

もしかしたら将来これも思い出だと、笑える日が来るかもしれない。

そんな未来の自分に希望を託した。