うそつき

題:それが嘘だと知っていたのに


「大丈夫?」

何となく、日課になっている二人一緒の帰り道。

隣を歩く彼女に問いかけた。

「なにが?」

訝しげに聞き返してくる。

驚いた、と言うよりも触れて欲しくなさそうな表情だった。

「なんでも」

目立って何かあったわけでもない。

何も変わらないやる気のない日常。

彼女は誰にでも見せる笑顔を浮かべていた。

「大丈夫だよ」

2人きりの今もその笑顔は変わらない。

いつもなら見せない笑顔に、やるせなさが込み上げてくる。

彼女は今日、1度も笑っていない。

営業スマイルを外っ面に貼り付けて、目の奥は冷めていた。

大丈夫、なんて嘘を付いた彼女に、その笑顔に、胸が締め付けられる。

「唐突でビックリしたなぁ、もう」

「ごめんごめん」

あー、もう。

なんでこんなに感情を押し殺してるんだろう。

俺にそんな顔をしないで欲しかった。

彼女の中で、俺も所詮はその程度の存在なのだろうか。

顔を見られたくなくて、自然と早足になる。

唇を噛み締めながら、駅へと急ぐ。

いつもなら少しでも距離が開くと彼女の声がするのに、今日はしない。

駅の入口について、ハッと振り返る。

大分離れた場所で、俺が来た道を歩く彼女がいた。

変わらないペースで歩く彼女の元に戻ろうと頭では思っていても、足がいうことを聞かなかった。

今更戻ってなんて取り繕えばいいんだろう。

回らない頭を必死に回しても答えは出てこない。

見えた彼女の顔には、表情がなかった。

今日一日、ずっとそうしていたのだろう。

誰かがいれば笑顔を貼って、心の底ではあの顔をしていたのかもしれない。

駅に入ることも、彼女の元へ行くことも出来ず、ただ立ち尽くしていた。

俺の存在に気付いたのか、少し長い瞬きをしてすぐに笑顔を貼って小走りで駆け寄ってくる。

「どうしたの。ぼーっとして」

急いでるのかと思って声掛けなかったのに、なんていう彼女の笑顔は無理をしていた。

「あー、いや…何も言ってなかったと思って」

言い訳が浮かばない。

指摘して、彼女の笑顔を殺してしまえばいいのだろうか。

「そんなの気にしなくていいのに」

手をひらひらさせる。

その手はギリギリまで強く握られていたのだと分かるくらい白かった。

「じゃあ、また明日」

「お、おう…じゃあ…」

俺が返事をするのと同時くらいに帰路に着く。

その足取りは逃げるような、焦りを感じさせるものだった。

俺はその背中を見つめることしか出来なかった。