じんわりと。

題:なんにも気づかないフリをして

夜、雨。

道の向こうには傘の花が咲き乱れる大通り。

昼過ぎから降り出した雨は未だに止む気配がない。

降り出してから大分経つからか傘をさしてない人は少ない。

さしてない人は大体走っていく。

今の私がその花畑に行けば相当浮くことだろう。

そこに向かう勇気はない。

けれど、これ以上裏道に入ることは危険だとわかっている。

幸い、私が今いる場所は大通りからも、気付かれにくい場所だった。

びしょ濡れで佇む私には丁度いい。

「あーめあーめふーれふーれかーあさーんがー」

昔聞いた唱歌を口ずさむ。

その声は雨にかき消された、はずだった。

「母さんじゃないけど蛇の目でお迎えに来たよ」

大通り側から聞きなれた低い声がした。

一番会いたかった、けど、会いたくなかった人。

こんな私を見ないで欲しい。

「お迎え呼んでないけど」

つい、顔を背けてしまった。

こんな泣き腫らした顔を見られたくなかった。

きっと、気付いてたんだと思う。

「んー、でも迎え欲しそうだったからなあ」

そっと近寄ってくる。

逃げることも、私から寄ることも出来なかった。

「それにそんな薄着でびっしょびしょになってる女の子を他の人に見せるわけにはね」

笑いながら上着を被せる。

私の顔を覗き込むような姿勢で、優しい目で私のことを見ていた。

あぁ、泣き顔を見て笑われるのかな。

それとも何があったんだーなんて、言われてしまうのかな。

「帰ろっか」

まるで何事も無かったかのように歩き出す。

「…なんも聞かないの」

「何を?」

「…なんも」

彼はきっと気付いてる。

気付いてないフリをしてる。

その優しさが少し痛くて、でも、暖かかった。

雨に濡れて冷えきった私の心にじんわりと染み込んだ。

あぁ、叶わないなぁ。