題：キスを躊躇う爪先

「知心？」

「んー」

いつもと変わらない日常を過ごしていたはずだった。

しかし、知心の様子がなんだかおかしい。

ぼーっとしていることは多いが、何もしていない時にこちらを見ないで生返事することはなかった。

いつもなら、気軽に触れられるし躊躇うこともないのに。

何故か今日は触れることが怖い。

まるで俺のことは眼中にないようで、空を見つめている知心を見ていると緊張が走る。

「どうかした？」

「んー…別に何も無いよ」

そういった知心の目に、一瞬影が揺れた。

いつもと違う雰囲気に焦りを感じた。

触れようと手を伸ばして、その手を止めた。

なんだか今にも壊れてしまいそうで、触れちゃいけない気がした。

「…そっか」

伸ばした手は彼女に触れることなく行き場を彷徨うように戻る。

唇を強く噛み締める。

こういう時、俺は特別な存在に成れない。

そんな事実が壁を作る。

自分で作った壁を自分で破ることは案外難しい。

お互いに嫌というほど痛感してきたことだ。

何度もこうやって後悔を重ねてきた。

案外、臆病者なのかもしれない。

あと一歩を踏み出せない。

そっと知心のほうを見る。

顔は伏せたままだったが、唇を噛み締めて指先が白くなるくらい力を入れていた。

若干、息が荒く過呼吸気味で、泣くのをこらえているように見えた。

「知心」

触れることはできない。付かず離れずの場所から声をかけるのでいっぱいいっぱいだった。

知心は何も言わない。

ただ、指の力を少し抜いただけだった。

少し距離を詰める。

触れるか触れないかの距離。

きっと、それだけで十分だから。

触れなくても、言葉を交わさなくても。

隣にいるから。

どうか。