愛したことを

題:クロッカス


「クロッカス、かぁ……」

スマートフォンを眺めながら知心は呟いた。

どうせそのクロッカスとやらを手に入れたい訳では無いだろう。

いつものことなので覚えてきたが、知心は見ると満足する節がある。

「どんなやつ?」

「うひゃっ!」

後ろから画面を覗き込むようにしながら声を掛けると、素っ頓狂な叫び声が返ってきた。

ビクッと言う音が聞こえそうなくらい大きく飛び跳ねてこちらに向き直る。

「いいいいい、いつからいたの!?」

ビックリした!と言いながら振り向いた知心が可愛くて思わず口元が緩んでいく。

こんな顔は知心にしか見せられないな。

「大分前から居たよ」

「全然気付かなかった」

どうやら画面にご執心のあまり俺の存在に気付いてくれなかったらしい。

……そんなに存在感ないかな。

ちょっと自信失くしそうだ。

「あ、そうだ。クロッカスはこれ」

そう言ってスマートフォンを俺に見せた。

どうやら花言葉を紹介しているサイトのようだ。

花が好き、と言うよりは花言葉が好きと言った方が正しいだろう。

 

 

「あ、クロッカスね、こんなやつ」

そっと画面を見せてくる。

花がどうこうというよりは、花言葉を紹介しているサイトのようだ。

「花が好きっていうよりも花言葉が好きって感じだね」

「どっちも好きだよ」

へにゃ、と笑う。彼女が一番良くする笑い方だ。

元気の塊と言わんばかりの彼女らしくない笑い方だと思う。

でも、彼女に似合ってるとも思う。

表情がコロコロと変わる彼女の笑ってる顔はいつもへにゃっとした情けない笑顔でどことなく安心する。

「信頼、青春の喜び」

「それがクロッカスの花言葉?」

「そう」

確かに好きそうだ。

「青春だってさ。私もうすぐ終わるんだけど」

ちょっと自虐気味に笑う。

確かに3年だから卒業したらよく言われる青春の年では無くなってしまう。

「青春してたの?」

「充実はしてたよ」

定義に悩んだ時にいつも逃げる答えだ。

充実してたという割に表情は落ち込んでしまった。

本当に、わかりやすい。

「そっか」

掛ける言葉が見つからなかった。

こんな時に気の利いたこと1つ言ってやれない自分が情けない。

「でも」

画面から目を逸らさずに口を開く。

「紫色のクロッカスは今の私には必要ないな」

そういった彼女はいつもと違う笑顔を見せた。