呪ったシナリオ

題:バッドエンドが呼んでいる


「寒い…」

呼び出されて帰ってきた地元。

自分の家族を卑下して他を持ち上げるのはよくあることだと思う。

高校進学に合わせて実家を飛び出したことは悪いと思ってる。

相当なお金がかかってたことも知ってる。

お金のことでグチグチ言われるのは慣れた。

…ただ、いつになっても勉強も出来ない、何も出来ない子扱いをされるのは不服なのだ。

自分で言うのもなんだが、勉強が出来ない訳ではないはずだ。

私はこの街が大嫌いだ。

ここで生きていた時は自分の人生を呪っていた。

「あ、雪」

あっちも雪降ってるのかなぁ。

初雪ではしゃいでいたら子供みたいって笑われたことを思い出した。

夜中だけど、起きてるかなぁ。

そっと携帯を取り出してメッセージを送る。

送ってすぐに電話がかかってきた。

「はいはい」

空を見ると星空が良く見えた。

「どうしたの電話なんて」

電話先で大きなため息が聞こえた。

『こっちの台詞だよ…』

呆れ返った優の声。

「星見てたー寝れないからなんとなく?」

寝れない訳では無い。

こんな真冬の海で寝たら危ないことはわかってるから起きてるだけであって、夜中の1時ともなれば眠い。

「優?」

返事がなくて名前を呼んでしまった。

もしかして寝てるところを通知で起こしてしまったのだろうか。

『あ、あぁ、何?』

声の調子からして、寝てる感じではなさそうだ。

考え事でもしてたんだろうか。

「急に黙ったから寝たのかなって」

波の音と機械越しの優の声が聞こえる。

どっちも心地よくて、笑みが零れる。

『知心』

ワントーン低い声。

機嫌が悪い時の優の声だ。

『今どこにいるの』

「え、実家」

念の為用意していた答えを告げる。

地元にいることは事実だけど、実家にはいないから嘘をついた。

『そうじゃなくて』

少し声が大きくなった。

怒りを抑え込んでる時の声に変わっている。

「…海」

『さっさと帰れ』

素直に答えると間髪入れずに言われる。

真冬の、それも夜中に海に来てるんだ。

逆の立場だったら私も同じことを言うと思う。

「はーい」

大人しく従うフリでもしておこう。

さっさと切って、もう少しだけ空を見てから。

気が向いたら帰ろう。

「じゃあ切るね」

終話ボタンを押そうとしたら、大きな声が聞こえた。

「えぇ…歩きながら話してたら流石に転ぶ…」

まさか家に帰るまで切るなとは言わないだろう。

充電だって不安だし…。

電話口ではえーと…とかその…とか言葉に詰まってるような声が聞こえた。

『こっち帰ってきたら、遊びに行こ』

なんの脈絡もなく誘われた。

予想外の発言に手から携帯が落ちかける。

『知心?』

名前を呼ばれて我に返った。

「あ、あー…ビックリしてた…」

必死に明るく振舞ってたのも全部剥がれた。

今更作り直す気にもなれなかった。

「バレバレじゃん…もう…」

この声は聞こえてたかはわからない。

けど、次に聞こえてきた優の声は柔らかいものだった。

『…とりあえず帰って暖かくして』

心配してくれたのだろうか。

『おやすみ』

返事をして通話を切った。

今だけは前を向きたい。

長続きする関係だとは思っていない。

このシナリオはどうせすぐにバッドエンドに書き直される。

だけど今だけは。

今だけは、ハッピーエンドを信じさせて。