波の音

題:亡骸


波の音が心地いい。

地元とは違う海。

何もかもが嫌になって夏休みの数日だけ帰省すると嘘をついて一人旅。

数日なんてあっという間だろうけど、それでも良かった。

兎に角私を知らない街に逃げ出したくなった。

「…うん」

これでいい。

私はまだ歩ける。

…それにしても、もう夏なのか。

八月二日。

あれからもう十四年も経ってしまった。

そっと首元のペンダントを見る。

いつものパズルピースのペンダントとは違うものだ。

十四年前の今日、目の前で居なくなってしまった兄のもの。

あの日も海に来ていた。

懐かしいな。

当時の私は死というものが何なのか理解していなかった。

ただひたすら、私のことを唯一愛して、守ってくれた私の兄。

その結果がこれだなんて、皮肉なものだな。

私を守る人はもういない。

兄が必死に守ってくれた私は、もう。

「知明兄さん…」

よく考えたら、その頃から全てが狂ったんだな。

まぁ、嘆いたところで今更なんだけどさ。

私は私でしかない。

知明兄さんにも、知沙姉さんにも成れない。

あいつらが何を求めてこようが関係はないはずなのに。

それに縛られてしまう。

兄の存在が今の私を苦しめている。

最低で、最悪で、それでも嫌いになれない大事な家族。

私はきっと、自ら堕ちていった。

そして、これからも上がることは無い。

あれだけ泣いて、私のことを呪っていたのに今はもう存在すら忘れかけているあの人達を見ているから、尚更

堕ちているからこそ兄のことを覚えていられるのなら、このままでいい。

私の中の兄はまだ存在している。

例えそれが亡骸だとしても。