飛び込んだ

題:今から僕は飛び降ります、止めたければ引き寄せてキスしてください


「知心、風邪引く」

「…そうだね」

心配してこの寒い中着いてきてくれてるのに、どうして素っ気ない態度を取ってしまうんだろう。

一人になりたいような、なりたくないような。

自分の気持ちすら分からなくなってしまった。

こんなだから構ってちゃんって言われるんだよなぁ。

否定は出来ないし、する気も無いけど何も知らない人に言われると頭に来ることはある。

そりゃまぁ私だって好きでこんな性格になった訳じゃ無いから。

「はあ…。せめてマフラー巻いて」

首元に紺色のマフラーが巻かれた。

「優のじゃん。これ」

貸してくれるのは嬉しいけど、優が風邪を引いても面白くない。

返そうとしても無言で押し返されてしまった。

「俺は良いから」

「…そうですか」

人のことを言えたものじゃないが、中々頑固だと思う。

一度こうなったら意地でも受け取ってくれなくなるので大人しく言うことを聞くことにする。

「……」

静寂が包み込む。

誰かと居て、静寂になるこの瞬間が大の苦手だ。

どう立ち回るのが正解か分からなくなる。

あぁ、息苦しい。

逃げ出したい。

何もかも投げ出して、逃げ出してしまいたい。

「知心」

不意に優の声が響いた。

「ゆ…え!?ちょ、ちょっと!!」

優の方を見ると、雪道の中を走っていた。

滑る道を平然と駆け抜けていく。

あっという間に距離が生まれる。

「これ、なーんだ!」

遠くで手を振る優の手にはクリーム色のマフラーがあった。

「なんで、私のマフラー持ってんの!?」

考え事をしている間に取られたのだろうか。

いやでもリュックだし流石に気付くはず。

そんなことよりあのマフラーは気に入ってるものなんだけど…。

「おいで」

遠くにいるのに優の声はしっかり耳に届いた。

来ないとマフラーを雪道に埋めるなんて声が聞こえてしまった。

「ふざ、けんな!」

人のマフラーを勝手に取って勝手に捨てないで欲しい。

クリスマスに優がくれたマフラーなんだ。

プレゼントした本人が捨てるなんて言わないで。

さっきまでの悩みなんかどうでもよくなった。

優は動いていない。

必死にそこまで走っていく。

肺に入ってくる空気が冷たくて痛い。

「きゃっ…」

雪道で足が縺れる。

あ、これは顔面から行くやつだ。

地面とキスするやつだ。

ぎゅっと目を瞑って衝撃に耐える。

冷たさと痛みの代わりに顔を包んだのは優しい匂いだった。

「大丈夫?」

「優…」

転ぶことが分かっていたのか、いつの間にか戻ってきていた優に抱きとめられていた。

困ったように笑う優の顔を見て涙が溢れそうになる。

「走らなくても良いのに」

あんなこと言われたら走るでしょうよ。

言いたいことは山ほどあったが、言葉には成らなかった。

代わりに息だけが漏れていく。

肺が痛い。

「マフラッ…かえし、て…」

ちゃんとした言葉にならなくて自分に苛立つ。

なんだかんだ返してくれるんだろうとは思うけど、思うんだけど返してくれない気もした。

「大事な、もの、なのっ…」

「大事なものなら教室に忘れないでくれ」

ちょっと悲しかったんだよ、と笑いながらマフラーを巻き直してくれた。

さっきまで首元にあった紺色のマフラーは、本来の持ち主の元へ返っていった。

「何があったかは聞かないけど、ちょっとは吹っ切れた?」

優しい笑みを浮かべている優を見て、自分の中で納得がいった。

確かに気持ちは軽くなった。

「寒いし帰ろう。送るから」

そう言って私の手を握り締めた。