構って

題:君がいなくても生きられた、あの頃の僕を返してよ


「知心」

大事な彼女の名前を呼ぶ。

作業の邪魔をされた知心は酷く不機嫌そうな顔をした。

「…今話しかけられても困るんだけど」

そりゃあ履歴書を書いてるから当然だよな。

既に書き損じが何枚かあるし、履歴書だってタダじゃないから気持ちは分かる。

まあ、話しかけるんだけど。

「そろそろ構って欲しいなーって」

流石に集中力も切れてきただろうから、一旦休憩して欲しい気持ちもある。

そう言ったって聞いてくれないのは分かっているので言わないが。

「…はぁ」

余程詰まっているのだろう。

面倒臭そうな態度を隠そうともしていないが、そこは無視することにしよう。

「息抜きも大事だよ」

「とか言って周回飽きたんでしょ」

そんなことはないんだがなあ。

知心の中で俺がどう思われてるのかちょっとだけ分かった気がする。

「どうでしょうね?」

確かにスマホは弄ってたけどゲームはしてないよ、と心の中で答えた。

知心にどう思われてようが、大事にしていることさえ伝わっていれば構わないし。

「また適当にはぐらかしてる…」

呆れ返った顔だが、もう怒ってはいないようなので安心した。

これで本気で怒らせてしまったらご機嫌取りが大変になる。

まあチョコレートで機嫌が直るとは思うが油断すると地雷を踏む。

「最近やたら私に構ってくるね」

前までそんなことなかったのに。

そう言った知心の耳がほんのりと赤く色づいていることは見逃さなかった。

「照れてんの?」

「…そうね」

知心の反応は薄かった。

もっと慌てるかと思ったんだけどなあ。

「今の俺には知心が必要だから適度に構ってくれないと」

付き合ってから段々離れられなくなっていった。

前までそんなことなかったって言うけど、そうしたのは知心だよ。

あの頃の俺に戻りたいと思わない訳じゃない。

だけど知心を今更失いたいとも思わないんだよな。