題:哀しさ
『大丈夫』
そう言って笑う中易の顔がふと浮かんだ。
これ以上踏み込むなと言わんばかりの完璧な微笑み。
だけどその奥ではどこか苦しそうなあの顔が頭から離れない。
なんだってこんなに中易のことが気になるんだ。
高校の時に一度会ったきり、それも名前すら知らなかった仲だぞ。
一度だけ、本当に一度だけだったのにあの時の中易の気丈な振る舞いと人気のないところで一人泣いている姿が印象に残っているせいかもしれない。
「これじゃあまるで…なあ…?」
意味のない自問自答。
答えを出すのは簡単だけど、その言葉で括っていいものなのか。
そんなことを考えては寝付けず、夜が明けていく。
「…んあ?」
あくびを噛み殺しながらホームで電車を待っていると見慣れたけど見慣れない顔があった。
「中易さん?」
「え、あ、先名さん?」
「珍しいね、こっちに住んでるの?」
今まで登校時間が被らなかったのだろうか。
まだ学校が始まってそんなに経っていないとはいえそんなことあるのだろうか。
「いやー…家は反対方向なんだけど…バイトがね…」
ああ、バイトで終電を逃したとかそういうやつか。
じゃあどこで泊まったんだという言葉は飲み込んでおこうと思う。
少し目が腫れてるのも触れないほうがいいんだろうな。
「お疲れ様」
かろうじて見つけた言葉がこれだけだった。
これ以上の言葉が見つからなかった。
あー、もう。
言葉選び下手くそかよ。
「ありがとう」
会話が終わると同時に電車が来てしまった。
ああ、まともに話せない自分が悪い。