フタをした

題:嘘だよって無理矢理に笑う、その唇を塞いで


「うー…」

布団の中から聞こえる呻き声。

「うるさい」

軽く叩くと静かになった代わりに布団から恨めしそうな顔を見せた。

「暇なんだもん…」

「自業自得」

大雨の中傘もささないで何時間も歩いてたら風邪を引いたっておかしくない。

病弱な癖に自分のことを省みない。

挙句の果てには体を壊すまで気付かない鈍感で、わざとなんじゃないかと思うくらいだ。

「そういうのは最低でも微熱まで下げてから言ってくれ」

何度も弱った姿を見て分かったが、知心は意識がある程度しっかりしていれば平気だと言い張る。

…さっきも見舞いに行こうとスーバーに寄ったら買い物をしている所に遭遇した。

「買い物行く元気はあったんだけどなぁ…」

あれのどこが元気なのだろうか。

ふらつきながら店内を歩く様は今も鮮明に覚えている。

俺だけならまだしも、他人や店に迷惑を掛けるのはやめてほしい。

「今も軽口叩く元気はありそうだな」

熱で少しハイになっているのか、口数がいつもより多い。

もしかすると寂しいのだろうか。

「元気も元気だから無理に一緒にいなくていいよ」

布団に潜ったまま携帯を触り始める。

「大丈夫?」

一人暮らしじゃ大変だろうに。

伝染すかもなんて考えないで素直に甘えてくれば応えようと思っていた。

「大丈夫…じゃない」

俺の方を見ないでポツリと呟く。

やっぱり無理してたんだな、と思ったのも束の間で知心は急に明るい笑顔を見せた。

「なんて、嘘だよ」

笑ってはいるけど、かなり辛そうだった。

無理矢理笑う知心を見た瞬間何かが切れる音が聞こえた。

額に熱が伝わってくるけどそんなこと気にならなかった。

マスク越しに塞いだ唇からは何も聞こえない。

唇を離すと、目を見開いて固まっていた。

目が合うとたちまちに顔を真っ赤に染めて声にならない声を上げる。

「傍にいてほしいなら素直に言え」

「あぃ…」

消え入りそうな声でそれだけ言うと布団にくるまった。

俺らしくもないことだったし、今になって恥ずかしさが込み上げてくる。

いきなりのことだったし謝った方がいいのか。

いやでも謝るのも変な話なのか…?

「先名さん」

一人悶々としていると、布団の中から苗字を呼ばれた。

「ん?」

さっきまでの焦りを悟られないように短く答える。

「その…さっきのことなんです、けど」

小さく緊張した声。

「ちゃんと元気になったら、マスクなしでお願いします…?」

そこで素直になるのか。

なんで疑問形なのかは触れないでおいてやろう。

「はいはい。じゃあ早く治しな」

返事をした頃には俺の顔も熱くなっていた。