強がり

題:夜空、ため息、落しもの


「見つかった?」

今にも泣き出しそうな背中に声をかける。

振り返ったその目には涙が溜まっていた。

「見付かってたらこんな探してないから」

そんな半泣きで捜してたら見つかるものも見つからないんじゃないか、という疑問は投げ付けなかった。

「別に優に関係ないことだし、無理に付き合わなくていいよ」

八つ当たりにも近い、苛立ち混じりの声だった。

夕方に無くなってることに気がついて、あちこち探し回るのに付き合っていた。

俺が好きでやってることだが、知心にとっては複雑な気持ちになるらしい。

「そうは言ってもこの時間に今の知心を一人にしておけないから」

いつにも増して冷静さを欠いていると思う。

何かやらかしてもおかしくないし、この辺は治安も悪い。

街灯が付き始めてしばらく経った。

「…そう」

か細い声で、吐き捨てるように呟いた。

「もう暗いし今日は帰った方がいいかもよ」

頑なに諦めようとしない背中に声をかける。

当然ながら返事はなかった。

隣にしゃがみこんで様子を見ると、知心がこちらを向いた。

放っておいてくれとでも言いたげな表情で睨みつけてきても、全く怖くなかった。

「明日また探そ?」

出来るだけ優しく言い聞かせるような声を出せただろうか。

知心はまだ諦める気はなさそうだけど。

「ね?」

男がするにはあざと過ぎると思うが、知心は俺にこう言われるのに弱いことも知ってる。

言うことを聞かせたい時にはこれが一番効果的だと思う。

その証拠に、知心の表情は揺れた。

「家まで送るから」

「…うん」

出来ることなら最初から素直になってほしいが、この面倒くささも慣れてしまえば大したことは無かった。

 

 *

 

「はぁ…」

溜息がこぼれる。

落ち着かない。

あんな頼まれ方をしたら断れない。

私の扱い方をよく知ってると思う。

「明日…うぅぅ…」

どこで落としたんだろう。

やっぱり見つかるまで探せばよかった。

外は暗いけど見えないほどじゃない。

「ずるい…」

結局、しっかり家まで送ってもらった。

途中までだと帰らないと思われたんだろうか。

…間違いではないが。

「んー…やっぱり探しに行こ…」

外は月明かりに照らされて闇ではなかった。

家の近くだけなら、いいかな。

そう思い立って玄関のドアを開けようとした瞬間にインターホンが鳴った。

「うわぁ!」

ビックリして声を出してしまった。

多分外の人にも聞こえているだろうな。

慌てて上着を脱ぎ捨てて軽く深呼吸をした。

「はい…」

ゆっくりドアを開けると、そこには笑いを堪えた優がいた。

「ビックリさせた?」

口元を抑えて誤魔化してるけど、話し出したことで堪えきれなくなったみたいだ。

だけど、その目の奥はあまり笑っていなかった。

「まぁ…夜中だし…」

出掛けようとしてたことは誤魔化しておこう。

開ける前に上着は脱いでて正解だったかもしれない。

「こんな夜中にどこに行こうとしてたの?」

あぁ、そういうことか。

嫌に冷めた目をしていると思ったけど、バレてたのか。

「なんのこと?」

もう手遅れかもしれないけど、ギリギリまでもがいておこう。

だけど、もしかしたらなんて淡い期待はすぐに砕かれることとなった。

「上着は着てなくても様子見てたらすぐわかるよ…」

悲鳴あげたの、玄関先でしょ?と呆れた顔を見せる。

なるほど、最初から負けていたのか。

「どうせ探しに行こうとしたんでしょ?」

「…うん」

完敗だ。

もうこれ以上言い訳は積めない。

「そんなことだろうと思ったから、これ」

目の前に出された手には、探していたものがぶら下がっていた。

手も顔も赤いことに今更気付いた。

私を送ってから探していてくれたのだろうか。

だとしたら、申し訳ないことをしたなぁ。

「大事なんでしょ?もう失くさないようにね」

大事なもの…か。

そうかもしれない。

もう二度と手に入らないものだから、大事にしてたんだと思う。

もうボロボロだし、直した跡だって沢山ある。

「…知心?」

「え?」

頬に手が触れる。

冷たい。

「大丈夫?」

心配そうな声に、自分が泣いている事実を突きつけられる。

「今はちゃんと手元にあるんだから、強がらないで安心したーって喜んだ方があげた人も嬉しいと思うよ」

ぐっと口角を上げるように指に力がこもった。

今の私は相当変な顔になってるだろう。

「ほら、笑って」

そう言いながら優が笑顔を作る。

その笑顔に私も釣られた。

「うん、その方がいい」

頬から手を離しながら満足そうに頷いた。

そんな優を見ていると、ストラップを貰った日のことを思い出した。