迷惑と心配

題:妖精は劇場で笑うか


「落ち着いた?」

知心の背中を撫でながら声をかける。

真っ赤に腫れた目を擦りながら小さく頷く。

「あぁほら、擦らないの」

彼女の手を握ると、一瞬強ばってすぐに力が抜けた。

彼女の手は冷たかった。

きっと俺の手も冷たい。

冬を手前に控えた季節に、薄めの上着だけで夜の街を歩き回ってたんだ。

当然といえば当然のことだろう。

「風邪、引かないでね」

誤解を生んで追い詰めたのは俺にも原因がある。

理由を聞く前に逃げ出した彼女も大概だとは思うが…。

「優の方が危ないと思うけど」

やっと口を開いたと思えば素っ気ない態度。

さっきまでの素直な知心はどこにいったんだか。

「知心より体強いから」

逃げる知心を必死に追いかけていた。

その時かいた汗で体はかなり冷えている。

これが原因で風邪を引いたら知心は自分自身を責めるだろう。

折角落ち着かせたのにまた逆戻りは勘弁願いたい。

「…帰ろ」

俺の上着を掴みながら呟く。

「もう動ける?」

ちらっと時計を見ると、とっくに八時を回っていた。

結構な時間泣いていたし、今頃頭痛が出てもおかしくないと思う。

「もうって何…平気だよ…」

少し拗ねたように言うけど、顔色はあまり良くなさそうだった。

やっぱり、頭痛があるみたいだ。

かなり眉間にシワがよっている。

「ならいいけど」

本当ならもう少し楽になるまで安静にして欲しいが、この寒さだと逆効果かもしれない。

さっさと帰って暖まってもらった方がまだ安心する。

上着を掴んでいる手を握ると、弱々しく握り返してくれた。

少し嬉しそうな彼女の表情を見て、ここまで計算してるのかと疑った。

仮に計算でこんな危険な行動に出ていたとしたら、俺はまんまと踊らされていたわけだ。

「…ありがと」

脈絡もなく言われて、少し驚いた。

どういう意味なのか変に勘繰ってしまうのは知心を疑ってしまっているせいだろう。

「いいよ、でも流石にこれからの時期は危ないからやめてね」

逃げ出した彼女を追いかけたこと、落ち着くまで一緒にいたことだと仮定して返事をする。

冬になってからだと風邪を引くどころじゃ済まないかもしれない。

「それもあるけど」

握っている手に力が入っている。

緊張しているのか、少しだけ震えていた。

「さっきもう動ける?って聞いた時、頭痛出てること知ってたんでしょ」

あぁ、そっちか。

「そりゃまぁ…。いつもそうだし」

よく俺の前で泣くんだから、流石に覚えた。

「それがなんか…嬉しくて。迷惑かけたんだから喜ぶことではないんだけど」

それで少し笑ってたのか。

嬉しそうな表情の理由がわかって安心した。

彼女の言う迷惑に振り回されるのにも大分慣れた。

心配する身にもなってほしいとは思うけど、こうして素直になってくれるならたまには悪くないかもしれない。