『おとな』

題:子供じゃない


「さいっあく!」

学校に着くなり知心が叫んでいた。

友達と話していた流れみたいだが、何があったのか。

「あ、先名くん来た」

知心と話していたらしい桃野が手招きをする。

肝心の知心はむすっと頬をふくらませていた。

「おはよ」

知心の前の席に座りながら声をかける。

こういう時、前後の席って楽だな。

女子二人の会話に席を離れでいくのは少し恥ずかしい。

「おはよう」

不機嫌そうに拗ねつつも挨拶はちゃんと返してくれた。

良かった良かった。

これで無視されたらどうしようかと思った。

「それで何があったの」

知心に聞くと何故か桃野が苦笑していた。

「昨日の夜バイト終わって帰る時にね」

話し始めると同時に始業のチャイムが鳴った。

少しバツが悪そうな顔をして、また後で話すねと言って会話が終わってしまった。

タイミング悪かったかな。

帰る時に何があったのか、まあ次の休み時間にでもハッキリするだろう。

 

 *

 

それから休み時間になっても知心との会話はなかった。

というのも、呼び出しをもらっていたらしい。

授業が始まって10分くらい経った辺りで戻ってきた。

それもかなり不機嫌そうな顔で。

おいおい、朝より機嫌悪くなってるんじゃないか。

休み時間になる度にそれを繰り返しているようで、午後にはもう疲れ果てた顔で眠気と戦い始めていた。

そんな状態の人に朝の話をぶり返すことも出来ず、気が付けば放課後になっていた。

周りが早々に帰り始める中、知心はゆっくりと動き出した。

別にすぐに帰るでもないし、誰かと話すでもない知心を見ていると放っておけない気持ちになった。

「知心」

名前を呼ぶとゆったりと顔を上げる。

眠気が抜けないのだろう、瞬きが長い。

「授業終わったよ」

「…ん」

ぼーっとしたまま帰る用意を始める。

その途中、ようやく口を開いた。

「私って子供っぽい?」

これはまた唐突な。

見た目なのか中身なのかすらはっきりしない。

確かに大人びてるとは言い難いが、極端に子供っぽいとも思えない。

まあ、年相応だろう。

「何かあったの?」

聞き返すと、うーんと少し唸ってからぽつりぽつりと話し出した。

どうやら昨日の夜は親に、今日は先生に『もう子供じゃないんだから』と言われたらしい。

話してる途中から今にも泣き出しそうな顔になっていた。

彼女は一体どれだけの我慢を強いられているんだろう。

本人も何となく分かっていて、抗っている。

「もうすぐ成人するのにね」

涙を堪えて無理矢理の笑顔を作る知心を見て、言葉を失った。

ああ、そうだった。

知心はこういう時、誰にも頼らなくなる。

極端なのは戴けないが、これが彼女なりの耐え方なら俺はそれを尊重する他ない。

これ以上苦しませたくはないのに、救いの手を差し伸べることは許されない。

彼女が乗り越えるまで、対等に見ていることしか出来ない自分がやるせない。

大人の世界の理不尽に晒されて、年相応に生きてこれなかった彼女がやっと年相応に成れる環境に来たのにまた大人の求めるものに成らなきゃいけないなんて。

そんな世界に足を踏み入れ始めた俺達には抗えないものだった。