題:手鏡
「手鏡なんか持ち歩いてるんだ」
鞄の中からたまたま取り出した所をクラスの男子に見られた。
相変わらず、私をなんだと思っているんだろうか。
あぁ、ほら、横にいる女の子の冷たい視線。
「そりゃまぁ…女の子の必需品?みたいな感じだし」
適当に話題すり替えて蚊帳の外、な状態にしたい。
本当に、この人は苦手なんだ。
「中易は持ってなさそうだったわ」
今日はまだ優しいほうだな、なんて。
失礼なことをいわれてもそう思う程度にはデリカシーのないやつだし。
諦めるのが一番早いと思う。
普段から結構素っ気ない態度を取ってるにも関わらず、引く気配のないこの人…磯角は一体何なんだろうか。
「あ、知心」
苛立ちが湧き出てきて、表情に露骨に出そうになったすんでのところで声をかけられる。
「手鏡貸してーニキビつぶれたんだけど見えないんだよね」
殺伐とした空気なんか関係なしに割り込んでくる。
それに勢いを削がれてしまった。
「トイレ行けばいいんじゃ」
一緒にいた女の子…もとい、桃野が素直な感想を告げる。
「そうなんだけどさーこの時間混んでるんだよね」
よそ行きの声と顔を貼り付けて、その裏で何を考えてるんだろうか。
二人でいる時は見ることのない外面を見ると変に疑ってしまうのは、私がそうだからだろうか。
「まぁ…別にいいけど…」
手鏡を渡すと、わざとらしく磯角と私の間を割るように立った。
あまりに露骨で、いい気分ではなかったがお互い様と割り切ることにしよう。
「ついでに絆創膏ない?」
「ない」
「あ、私持ってるよー」
一辺倒な正義感を持つ人が見たらいじめだなんだと叫ぶんだろうな。
まぁ、それなら私も晴れていじめられっ子になる訳だが。
「ありがとう」
何を考えてこの行動に出てるのか、真意まではわからなかった。
ただ、目が合った時にいつもの目をしていたから何も考えてない訳ではないんだろうな。
気まずくなったのか、気付いたら磯角はいなくなっていた。
優は大分離れたのを横目で確認したあと、小さくため息を吐いた。
「疲れた…」
率直な感想だろうか。
やっぱり色々と考えながらの行動だったみたいだ。
「知心ちゃんのためにわざと?」
桃野が楽しそうにしている。
人の恋路が楽しいのは存分に理解できる。
私も同じだし。
「ニキビ潰れたのはたまたま」
優が苦笑しながら答える。
わざとニキビを潰してたら引いてしまう。
「ほら、あいつ変ないじり方するから」
なんか言いかねないしね、と小声で教えてくれた。
「構ってほしいんじゃないの」
桃野の発言は尤もだと思う。
誰にも相手にされないから、相手にしてくれそうな人の所に行く。
それ自体は悪いことではないと思う。
ただ、その関わり方が合わないだけだ。
「それでも限度があるからこうしてんだけどね」
「愛されてるんだねぇ」
二人の会話を聞いてるだけで恥ずかしくなってきた。
優が返してくれた手鏡に一瞬見えた自分の頬が赤くて、急いで仕舞った。