題:水葬
「…あ」
これは夢だ。
毎年この日に見る夢は、私に希望を与えてはくれない。
デルフィニウムの花束を抱えながらぼぅっとした頭で考える。
この花束を投げてればこの夢からは醒めてしまう。
それが悪いことだとは思わない。
だけど、醒めたくない。
会えない人と向き合える僅かな時間は誰にも取られたくない。
「…………」
言葉は要らない。
この花束を海に還したら終わる簡単な夢だ。
あぁ、兄に逢いたい。
昔はどうして私が生きているんだと夢の中でも嘆いていた。
年々淡くなっていく夢の中で、そんな自分を振り返っていく。
きっとこの夢もいつかは見なくなる。
現実では許されない水葬も、いつかしなくなる。
私はそれがどうしようもなく怖いのだ。
まだ私には此処が必要だから。
それが許されない世界にいきたくない。
夢の中でくらい自由に生きていたいんだよなぁ。
それもそんな簡単な話じゃないんだけどさぁ。
夢から醒めたくないと思っていても、体は勝手に動いていく。
別れを惜しむように、ゆっくりと花束を手放した。
また、来年。
来年も、見られると良いな。
「お休み、お兄ちゃん」
今年も見守っていてください。
*
「…はぁ」
朝起きたら泣いていた、なんて誰にも知られたくないな。
夏休みだし、バイトも休みにしておいて良かった。
…会いにはいけないけど気持ちだけでも、ね。
「花束、買っておけば良かったかな」
この顔で買いに行きたくないなぁ…。
あぁもう、色々と気が回ってなかった。
毎年のことなんだからいい加減学ぶべきだと思う。
…まぁ、いいか。
まだ朝は早いし、顔洗って冷やせばマシな顔にはなるだろう。
知り合いに会わないようにちょっとだけ遠出して、花を買って。
今日くらいは、昔の自分に戻ろう。