題:満月
23時の外は思いの外うるさい。
まだ寝静まることのないこの街は、居心地がいいのか悪いのか。
19年間ずっとここで過ごしてきたから俺にはわからない。
喧騒の中早足で帰路につく。
今日はどうにも疲れてしまった。
早く帰って寝たい。
ゲームよりも何よりも、布団に入りたい。
街灯に邪魔される空を見上げると、辛うじて月が見えた。
やけに明るく見える月を見て今日が満月だと知った。
ふと、中学の頃の後輩を思い出した。
女子の後輩だったが苗字とは裏腹に太陽のような明るさを振り撒くやつだった。
何かと構っていたが、今思うと知心に雰囲気が似てる。
根本的な部分は違うと思うが、そういうタイプに惹かれるのは性癖のせいかもしれない。
「…まだ起きてるかな」
考えると無性に声が聞きたくなる。
女々しいと思いつつも相手だってそれで喜ぶんだからいいだろう。
近くの公園に寄って電話をかける。
『…はい』
たっぷり1分はコール音を聞いた。
繋がったと内心嬉しかったが、電話先の声は不機嫌そうだった。
「もしかして寝てた?」
『…んぅ』
まだ少し寝惚けてるんだろう。
ふわふわした返事が返ってくる。
『なんの用…?』
それなりにハッキリと喋ってはくれるものの、今にも寝てしまいそうだ。
悪いことをしたなあ。
「なんとなく話したくなって」
電話するほどの用事を用意してなかったので正直に白状する。
電話の向こうで一際大きい音と叫び声がした。
「大丈夫?」
多分転んだかなんかだろう。
室内だろうから大きい怪我はないと思うが。
『なんか嫌なことでもあったの?』
さっきまでの眠そうな声とは一変して、ハッキリとした口調になる。
あぁ、俺から話すことが少ないからかな。
「別に?」
きっとこれじゃ納得してくれない。
普段は素直な癖に、こういう時は滅茶苦茶疑り深い性格をしてやがる。
『…本当に?』
ほら。
信じてない声。
「強いていてば、いつもよりバイトしんどかったからかな」
嘘ではない。
実際しんどかった。
疲れ切ってるし、今布団に入ればすぐ寝れそうやくらいだ。
『お疲れ』
向こうも眠気が帰ってきたのだろう。
少し離れて欠伸が聞こえた。
「でも声聞けたから満足したわ」
『はぁ』
本当は会いたかった。
直接声を聞きたかったし、俺だって甘えたいことくらいある。
『明日なら空いてるよ』
「へ?」
見透かされてるんだろうか。
俺が知心の考えてることがわかるように、知心も俺の考えていることがわかるのかもしれない。
『眠いから寝直すわ』
そう言って通話は終わってしまった。
これは明日、また連絡したら会えるな。
たまにはこっちから甘えてみよう。
満月に照らされた家への道のり。
足取りは軽くなった。