ひとこと

題:私を支配する唇


優が何を考えてるのかわからないのはずっと前からだったけど。

最近は更にわかりにくくなった気がする。

私が目を背けてるだけかもしれないんだけど。

本人も割と何も考えてないと言っていたことがあったし、実際そんなものなのかもしれない。

突然思いついたかのようにいう一言に振り回される。

大分慣れたとは思っていたけど…。

最近は嫌われるんじゃないかってどうしようも無く不安に駆られる。

まだ、笑えてるから平気。

そう自分に言い聞かせていた。

所詮、嫌われるのが怖くて愛想を振りまく八方美人だ。

好きな人に嫌われたくない一心で、ない頭を振り絞っている。

彼の優しさに甘えて、縋っている弱虫だから、誰よりも愛されていたいのかもしれない。

「ちょっと距離置く?」

突然の発言に対して、私の頭は変に冷静だった。

あ、嫌われてたかな。

愛想尽かされたかな。

「わかった」

表情に軽い笑みを貼り付ける。

うまく笑えてるだろうか。

せめて、聞き分けのいい子でいよう。

ここで我侭を言って困らせてしまってもよかったんだろうけど。

生憎、私はそんなキャラじゃない。

嫌と一言言えたらいいのに。

本心を押し殺した。

まだ笑っているだろうか。

笑えているだろうか。

油断すると今にも泣いてしまいそうで、痛いくらい拳を握りしめた。

優が驚いて、困った顔をしていた。

なんで、君がそんな顔をするの。

喉元まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。

何か言いたげな表情。

「私、行くね」

「ちょっ…まっ…」

続きの言葉を聞くのが怖くて、その場から逃げた。

 

 *

 

暫く歩いて、我に返った。

普段来ないところまで来てしまっている。

辺りは真っ暗だった。

優と話していた時も暗かったが、それ以上に真っ暗になっていた。

携帯を取り出しで時間を見ると、それでも30分くらいしか経っていなかった。

ずっと早歩きで歩き続けて少し疲れてしまった。

公園だろう場所。街灯がイヤに少ない。

近くのベンチに腰掛けて改めて携帯を見た。

通知が結構な数来てたけど、優からの連絡はなかった。

画面越しに見捨てられてはいなかったから、少しだけ安心した。

けど、いつ言われるのかわからない。

どうしようもない不安に襲われた。

視界が滲む。

携帯を握りしめる手に温かい何かが落ちた。

「知心!」

私を呼ぶ声がした。

聞き慣れた、少し前まで聞いていた声。

待って、まだ心の準備が出来てない。

笑顔を貼り付けられない。

「よかった…」

かなり息が上がっているようだ。

それでも、心の底から安心したような声でそう呟く。

「近くいっていい?」

正直、今の顔を見られたくない。

けどこれ以上逃げるのは無理だとわかっている。

喋るともっと泣いてしまいそうで、無言で頷く。

優は、ゆっくり近付いてきて、隣ではなく正面にしゃがみ込んだ。

「泣いてたの?」

私の顔を見上げながら聞いてくる。

まだ息が上がってるし、うっすらと汗をかいているようだ。

涙を拭うように頬に手を伸ばす。

その手は思いの外ひんやりしていた。

外はお世辞にも暖かいとは言えない。

そんな中必死に追いかけてきてくれたなら、冷えてしまうのも頷ける。

拒まなかった私を見て、ふっと笑った。

「別れ話じゃないよ」

「え?」

予想しない言葉だった。

「言い方が悪かったね。ごめん」

しゃがみ続けているのが疲れたのか、ゆっくり立ち上がる。

釣られて上を向くと、僅かな月明かりと街灯が少し眩しかった。

「知心最近無理してたでしょ」

「…っ!」

息を飲んだ。

気付かれていた。

「俺に嫌われないようにって」

「そんな知心を見てるのが辛かった」

全然隠せてなかったし、そのことで優を苦しめていたことに気付かされた。

「だから、お互い一人の時間を多くとった方がいいかなって」

優が辛そうに笑う。

距離を置くか聞かれて、肯定した時と同じような、辛そうな目。

「ちがっ…」

涙が溢れてきた。

言葉がうまく続かない。

思わず、まだ頬に触れていた優の手を掴む。

「こわ、かっ、た、の」

しゃくり上げてしまって、途切れ途切れになってしまう。

優は掴んだ手を振り払うこともせず、ただ私の声を聞いていた。

「うん」

「ゆ、うに…きらわれ、ちゃったかな、って」

涙が止まらない。

これ以上の言葉を続けられなくて、ただただ嗚咽が漏れる。

そんな私を、優は優しく抱き締めてくれた。

冷たい手とは裏腹に、暖かさが広がる。

「大丈夫」

ゆっくり、子供をあやすように囁く。

「大丈夫だから」

それだけで十分だった。

たった一言で、不安になったのに。

別の一言でこんなにも安心する。

優の紡ぐ言葉で、簡単に救われてしまうのだ。