上書きするシナリオ

題:組み換えたラスト


「あー…」

疲れた。

世間はクリスマスだの正月だので休みムードに入っている。

学校も冬休みだが、アルバイトをしている俺には無関係に等しい。

実家暮らしだから帰省の必要も無いし、綺麗にシフトが入っている。

「さむ…」

19年間過ごしたこの街。

毎年見てるとこの雪を見てロマンチックな気分になんかならない。

冬休み前に雪ではしゃいでいた知心を思い出した。

そんな知心も、今はこの街にいないのだが。

『召集掛けられたので実家帰ります』

そんな連絡が来たのは三日前。

…呼ばれない限り帰ろうとしないのは知心らしい。

どうせ友達や後輩と会うとかで家には殆どいないんだろうが。

いつだったか、彼女は地元が嫌いだと言っていた。

あそこには思い出したくない思い出が詰まってるんだろうな。

彼女が前を向けないのは…。

彼女らしく言えば、環境に殺されてきたんだろう。

俺にはどうしようもない世界。

最近来るメッセージも他愛ない内容で、苦しんでるのか苦しんでないのか…。

「んー…電話でもしてみるか」

部屋の明かりと暖房を付けながらそんなことを考える。

でも今夜中だしなぁ…。

そう思っていると、携帯が鳴った。

「ぅわっ!」

ビックリして叫んでしまった。

携帯を見ると、知心からのメッセージ。

『起きてる?』

何かあったのだろうか。

思わず電話をかけた。

コール音がなる間、焦りが俺を覆い尽くしていた。

『はいはい』

繋がった先の声は全然明るくて拍子抜けしてしまった。

『どうしたの電話なんて』

夜中に要件も言わずあんなメッセージ来たら焦るだろうよ。

「こっちの台詞だよ…」

言いたいことは山ほどあった。

なのに知心の気の抜けた声を聞いているとそんな言葉達も全部どこかに消えた。

『星見てたー寝れないからなんとなく?』

なんとなくであんな意味深なメッセージを送ったのか。

ふと窓の外を見ると街灯のせいで星は殆ど見えなかった。

『優?』

 

知心の声にハッとした。

「あ、あぁ、何?」

動揺を隠しきれない辺り、俺らしくなくなっている気がする。

『急に黙ったから寝たのかなって』

その声は笑っていた。

ふと、声の向こうで聞こえる音が気になった。

「知心、今どこにいるの」

『え?実家』

少し早口で返事が返ってきた。

とぼける時の知心の癖。

「そうじゃなくて」

少しだけ強めに言うと、少しの沈黙があった。

『…海』

「さっさと帰れ」

間髪入れずに出た言葉はそれだった。

この時期のこの時間に海に行くのは自殺行為に等しい気がする。

本当に何を考えてるのかわからん。

『…はーい』

珍しく素直だった。

さっきから知心らしくなくて調子が狂う。

『じゃあ切るねー』

「あっ、待っ…!」

あっさりしすぎてて、思わず止めてしまった。

特に話すこともないのに。

『えぇ…歩きながら話してたら流石に転ぶ…』

知心の困った声が聞こえた。

「えーと…その…」

少しだけ、彼女を前に向かせるような何かを必死に探す。

「こっち帰ってきたら、遊びに行こ」

デート…なんて言葉を使うのは恥ずかしかった。

彼女の為になるかはわからないが、気が紛れるようなことが他に浮かばなかった。

沈黙が襲う。

「…知心?」

流石に海で寝てるなんてことはないと思うが…。

『あ、あー…ビックリしてた…』

さっきまでの明るい声とは違う、作ってない声。

『バレバレじゃん…もう…』

そう呟いた声は小さくて、ギリギリ聞こえるくらいだった。

「…とりあえず帰って暖かくして。おやすみ」

これ以上会話を続けてるのも恥ずかしくなった。

『うん。おやすみ』

切れた通話画面を見ながら布団に倒れ込む。

やっぱり何かあったんだな。

俺が寝てたらどうするつもりだったんだろうか。

まさか朝まで海にいるとは思わないが。

彼女はバッドエンドを望んでいる。

幸せになることを恐れている。

彼女の望みでも、せめて俺が傍にいる間はバッドエンドにはさせやしない。