雨の世界

題:雨傘がきらめく一夜


「うわー降ってきた」

カーテンの向こうを眺める優が辟易とした声を出した。

その声に釣られるようにカーテンを捲る。

天気予報の通りの雨が夜空と街灯で煌めいていた。

こうやって室内から見る分には綺麗なんだけどなぁ。

いざ外で見ると気持ちが落ちて仕方が無い。

「泊まりで良かったね」

外を眺めたまま優が呟いた。

確かに雨の中帰るのは億劫だけど…。

「本当に泊まって大丈夫なの?」

優の家に来てから一度も家族に会っていないが、これでも実家暮らしのはずだ。

流石に何の断りもなく泊めることはしていないと思うけど、挨拶も何もしないのは私が落ち着かない。

「それ何回目だよ。大丈夫だって」

やれやれ、とでも言いたげにわざとらしく肩を竦める。

心配なものは心配なんだから仕方ないと思う。

「親仕事だから今日は俺しかいないよ」

だからうちに泊まるんでしょ、と言いながらカーテンを閉めた。

窓に雨粒が当たる音が響く。

予報じゃこれからもっと強くなるって言ってたし、そろそろ諦めた方がいいのかもしれない。

「人の家に泊まるのに慣れてないんでしょ?」

人の心を読んだかのように優が喋る。

高校の時は寮みたいな感じたったから他人と一つ屋根の下にいることは慣れてる。

それなのに何故緊張しているのかというと、だ。

「取って食いやしないんだからさあ」

目の前にいる男が問題なんだよ。

いや、彼氏だから問題じゃないかもしれないけど。

もしかすると、もしかしてしまうかもしれない。

その想像とも妄想とも取れる思考が私を緊張へと誘っていた。

「あ」

内心では焦っている私を尻目に一人悠々と動き回る優が声を上げた。

「母さん支払い忘れてるし…」

ガックリと肩を落として、深い深い溜息を吐いた。

「コンビニ行ってくるけど、知心はどうする?」

外が雨だということ、行く理由がなんかの支払いだからということだから無理に着いていく必要はないかもしれないけど…。

家主不在の家に一人、留守番をしていられる気はしない。

いろいろ探ってみたくなっちゃうし、地雷を踏み抜きそうだった。

「着いてくよ」

たっぷり考え込んでからの返事だった。

 

 *

 

「結構強いね」

「うん」

予想を上回る雨に、折り畳み傘がすこし悲鳴をあげる。

コンビニまでの数分で靴は水が染みてぐちゃぐちゃになっていた。

これ帰りまでに乾くんだろうか…。

「車が結構な速度で走ってくねえ」

「危ないよねぇ。掛かったら慰謝料請求出来るんだっけ?」

「そうそう。面倒だからしないけど」

なんてことを話していた矢先に真横を車が通り過ぎた。

掛かりはしなかったものの、あと少し車の速度が出ていたか私達が車道に近かったら派手に濡れることになっていたと思う。

「こわ」

口をついて出た言葉はそれだけだった。

この天気だし相手からは見づらいのかもしれない。

それでも怖いものは怖いけど。

「知心、傘に入れて」

「いいけど…狭いし自分の傘あるじゃん」

普通の傘ならまだしも折り畳み傘じゃ二人はきつい。

かなり狭いし歩きにくいし…。

「俺の傘は横向きにするわ」

「小学生みたいなことしてんね」

車道側から体を守るように横に向けられた傘。

優は無邪気に笑いながらそうだね、と言った。

街灯に照らされたその笑顔が眩しくて目を逸らした。

その先にあった優の傘と雨粒が煌めいていて、結局私の世界は眩しいままだった。