信頼

題:魔法使いは三日月と踊る


『今日レポートの手伝いするから残ることになった』

彼女が昼に軽く言っていた発言を思い出す。

知心に手伝いを頼んでいた同級生が何故か今、駅にいる。

最低限の荷物で、楽しそうにどこかに向かっていた。

もう終わったんだろうか。

だとしたら荷物はどうしたんだろうか。

どうにも嫌な予感がして、知心にメッセージを送った。

1回だけじゃ無視されそうなので、2回。

レポートは終わってるのか、同級生が駅にいることを知っているのか。

もしかしたらどこかのコインロッカーに荷物を置いてきたのかもしれないし、と考えていたら知心から返事が届いた。

『持ち主が捨てていった可哀想な荷物を眺めてる』

その文面を見て、知心も大分腹が立っているんだと気付いた。

同級生に声をかけて問いただそうかと思っていたが、見失ってしまった。

とりあえず、知心はこのまま放っておくとレポートをやりかねないので放っておいて帰れと伝えた。

俺の足は、少し前に出てきた改札へと向かっていた。

 

 *

 

学校に戻り、真っ先に担任の所に行った。

事情を話すと、またか、と呆れていた。

その呆れが、同級生に対してなのか、知心に大してなのかはわからなかった。

もしかしたら両方かもしれない。

「ほっといて帰れとは言ったんでやってないとは思うんですがね」

「まぁ、中易も先名の言うことは聞くからなー」

実際にはそんなに聞いてくれないのだが。

担任にはどう見えているのだろうか。

「ちらっと教室見て俺も帰ります」

もしやっていたら取り上げるか、なんて考えながら早足で教室に向かった。

 

 *

 

職員室から教室まで階段を駆け上がったせいで息が上がる。

教室に入ると、レポートやら資料やらがいくつもの机を占領していた。

その隅に、知心が机に伏せているのが見えた。

どうやら眠っているらしい。

そっと近寄って、起こそうと手を伸ばした所で、頬が濡れていることに気付いた。

頬に指を当てて拭う。

その拍子に目が覚めたのだろう。

少し大袈裟なまでに体を動かして身じろぐ。

ゆっくりとその目が開き、こちらを見た。

「起きた?」

寝惚け眼の知心に問いかける。

知心は驚いた顔をこちらに向けて、時計に視線を移した。

気付かないうちに寝てしまっていたらしく、時間を確認していた。

知心が何か言おうと口を開いた瞬間、教室の扉が開いた。

「あれ、先名まだいたのか」

「あぁ、はい。中易が寝てたんで」

視線を担任に移しながら時計を見る。

教室を閉める時間になりかけていた。

どうやら施錠の為に来たようだった。

俺と知心を交互に見たあと、一人納得したようになるほどねぇ、と呟いた。

「まぁ教室もう閉めるから早く帰れよー」

やる気のなさそうな注意をしながら、鍵をクルクルと回している。

知心は現状が理解出来ずにきょとんとしたままだ。

「わかりました」

ぼーっとしている知心の荷物を回収する。

バックれた同級生の荷物は先生に任せるとしよう。

「知心、帰ろ」

俺の言葉で我に返ったのか、弾かれたように動き出す。

終始楽しそうにニヤニヤしている担任をチラッとだけ見て教室を出る。

「あ、まっ…!今行く!」

焦ったように追いかけて来る知心の声を聞きながら、歩みを進めた。

 

 *

 

知心を送ったあとの帰りの電車で担任との会話を思い返していた。

彼女のちょっとした言葉や仕草に面白いほど振り回されている。

あのお転婆娘が素直に言うことを聞くのは体を壊した時くらいだろう。

…いや、レポートを放っておいた面ではちゃんと言うことを聞いてたのかもしれない。

俺の言動次第なところがあるとは思っているが、誰に対してもだと思っていた。

担任の言い方から察するに、他の人に対しては違うのだろう。

「なるほどねぇ…」

自然と口元が歪む。

改札を抜けて外に出ると、三日月が淡く光っていた。